どれだけ道を歩いたら
一人前の男として認められるのか
いくつの海をとびこしたら
白い鳩は
砂でやすらぐことができるのか?
何回、弾丸の雨が降ったなら
武器は永遠に禁止されるのか?
そのこたえは友達よ、風に舞っている
こたえは、風に舞っている

1962年4月 ボブディラン

この曲を聴くといつでも勇気づけられる。
学生時代は、特別な問題意識もなく、ただぼんやりと毎日を過ごしていた。
ところてん式に大学を卒業し、社会人生活の五月病も少し、おさまった頃、「いつになったら、一人前の大人(いや、男)として認められるようになるんだろう?」と思っていた。
絶対的な自信というものが持てず、いつも、あーではないか、こーではないかと迷っていた。
そして、いつになったら、ゆっくりと自分自身を見つめながら、身の丈にあった自分らしい生き方が、できるようになるのだろうかと考えていた。
しかし、どのくらい走り続けなければならないのか?考えると気が遠くなりそうになった。
そんなときでも、この曲を聴くと「おまえだけではなく、みんなそうなんだ。」と勇気づけてくれるのだった。


連載の話を頂いたときは「はい、はい、いいですよ!いいですよ!」と喜んで引き受けた。
なにしろ自分の書いたエッセーが活字になるのだ。
頭には次々にひいきにしている人気エッセーが浮かび顔もほころんでくる。
が、しかし、顔であるタイトルはなににしようか、と考え出してあわててしまった。
基本の、「起業家をめざす若い人々に向けて、佐山は何を語るべきか」という大問題にぶちあたってしまったのである。
根っからの理系人間である私は、実のところ作文、小論文、書くこと全て大の苦手なのだった。
会社をおこすにあたって、どんなことでも引き受けよう、小さなことでも、人が嫌がることでも、何でも喜んでやろう、と密かにきめていた手前、前述のようにしっかりと喜んで引き受けてしまっていたのである。
しかしながら、これから日本や世界を相手に事業をおこそうという、優秀且つ血気盛んな若者に何を語るというのか・・・。編集部からは、「タイトルは、勝手に決めて下さって結構ですよ。」といわれていた。
そのときは、「そうか、そうか、好きに決めていいんだ。」としか思わなかったけれど、いっそのこと、編集部から「私の起業失敗談」とか「若者よ、起業はやめろ!」とかいうタイトルで書いてくださいとはっきりと言われる方が良かったような気がしていた。

そんな中、まだ仕事の依頼も少なく、時間だけはあったのんき起業家としては頭を悩ませながらも「気分を変れば妙案も浮かぶだろう。」と平日のマダイ乗合船に乗り込んだ。
エッセイの締め切りわずかというのに大胆不敵な行動に出てしまったのである。
若者に語るべき戦略も哲学も持ち合わせていないのだからしょうがないのである。

その日は平日にもかかわらず、マダイ戦士が15名も舟に乗っており、満席状態であった。
けっこう暇な人が多いもんだ・・・と感心し、平日の昼間に釣りを楽しむというのは自由業ならではの贅沢なのかもしれないと後ろめたさを感じつつ、船に揺られていた。

その日は吹かれているのが心地よい、さわやかな風が、釣りバカ達を包んでいた。
「気持ちいいなぁ。やっぱり釣りは結果ではなくプロセスを楽しむスポーツだ...。」と、魚信が無いことの言い訳にしながら、風に身を任せていた。

そんなときこの連載のことが、ふと頭をよぎった。
「あーあ、帰ってからあの宿題が待ってるんだよなぁ。いやだな〜。でも、作文嫌いの俺にいい文章がかけるわけもないしな〜。」
「何かを伝えよう、なんて立派なことを考えるからだめなんだよな。
とりあえず、この心地よい風のように、風の吹くまま気の向くまま、思いついたことを書いてみるかなあ〜。」「ん....!そうだ。タイトルは、ボブディランの”風に吹かれて”がいいな。歌も好きだし、なんか意味もありそうだしな、よし!よし!」

そのとき、竿にマダイ特有の「カン!カン!カン!」という当たりが伝わってきた。
「おお、マダイちゃん!」とは思いつつも、何が釣れているやらわからないのが釣りの醍醐味。
しかし、しっかりと重いマダイの三段引きが腕に伝わってきた。そして、ゆらりと海面にその美しいピンク色の姿をあらわした。
慎重に舟にあげると、30cm強の小振りではあるが美しいマダイである。
チャームポイントのブルーの斑点がたまらない。
「少し小さいけど、今日は、おまえでよし!としておこう...」

その日の釣果がこのマダイだけであったことは言うまでもない。
いつめぐってくるかわからない大物を求めて、日々努力を続けていくことがチャンスをものにすることにつながるのだ!あきらめずに追い求めるものにだけ栄光は与えられるものなのである!

と、釣りのことなのか、ビジネスのことなのかわからないポリシーではあるが、佐山は、そう信じている。
そんなわけで、佐山が背伸びせず、思いつくまま、可能な範囲で起業家に独り言をぶつけていこうと勝手に決めてしまった。
そんなわけで、タイトルは、「風に吹かれて」なのである。
今後とも宜しくおつきあいのほどを。

1995年5月  小潮


あとがき

1995年の春、縁があって川崎にある日本起業家協会が発行する「起業家」という冊子への連載を引き受けることとなった。
当時(株)生活空間研究所を開業してから1年あまり。
まだまだ不況の荒波もいまほど厳しくなかった頃である。
今でこそ、当時のように平日昼間っから釣りをする贅沢は、できなくなってしまったが、生活自体を楽しむ余裕は、いつでも持っていたいと思っている。

1999年3月7日 

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