ここ4年ほど、毎年冬になると山に入っている。私が設計しているすまいの材料を探すためである。主に大径木の柱材を探すことが多い。それは、流通していないか、あるいは流通していても値が張るので現地調達するのである。ただ経済効率よりも、すまいづくりのメモリアルイベントとしての意味が重要なのである。
今年も1/19に南足柄の山に大黒柱を探しに入った。それを聞きつけたOMソーラー協会の方も取材を兼ねて同行した。OMソーラー協会は「近くの山の木で家をつくる運動」を推進している団体でもある。昨年、特定非営利活動法人「緑の列島ネットワーク」も発足させた。その呼びかけ人として、私も「薪ストーブの会/佐山希人」で参加している。
そんな経緯もあり、4年ほど前から地道に活動している我々に「緑の列島ネットワーク」の正会員にならないかという話が持ちかけられた。正会員団体は、数十団体有り、全国に散らばっている。しかし、実際に山に入り木を伐り出し、住まいの建材として使っている団体は数少ないらしい。そのような状況の中、3/2〜3(土日)パシフィコ横浜で「木と暮らすフェスティバル」(主催:全国木材組合連合会)が開催される。我々の活動を是非そこでプレゼンテーションしてほしいということなのだ。
それではということで、参加することに決めた。ここ3年ほど、私の山活動にお付き合いいただいている工務店と山主であり製材所でもある岡本木工の3社で団体を発足させることになった。参加するには、団体名を申請しなければならない。団体名から神奈川・足柄山を連想し、記憶に残り、言いやすく、愛されることを目標にスタディを重ねた。結果、『金太郎親林組合』というネーミングに落ち着いた。
近くの山の木をすまいに使うということは、どういう効果があるのか。建て主にとって、地域にとって、山にとって、海にとって、日本にとって。様々な視点からの効用が予測される。我々も『金太郎親林組合』として、この活動を続けていく意味を今一度じっくりと考えてみたい。いろいろと理屈をこねくり回して、理由付け、意味付けはできるだろう。しかし、根っこにあるのはやはりすまいづくりのメモリアルイベントだと思っている。
60年から100年くらい気の遠くなるような年月を生きてきた木を建て主も参加して選別する。
悩みながら山を歩き、めぼしをつける。山にチェーンソーのエンジン音が響き渡り、生きている木の根本に刃が突き刺さる。ゆっくりとスローモーションのように、大木が傾いていく。息を呑む瞬間だ。しばらくして、どす〜んと地響きをたてて、大木が横たわる。そこで木は死んだのか?いや死んではないのである。第二の木生が建て主と共に始まるのである。
何度、立ち会っても感動する。
その感動がある限り、私は毎冬山に入ることだろう。
[2005.05.25]追記:
この『金太郎親林組合』は、2004年春に諸事情で解散しました。
解散はしたものの、山主の製材所との協力体制は万全です。
今後も、どんどん近くの山の木を使っていきたいと思っております。
興味のある方は是非一緒に山に行きましょう。
すばらしい思い出をつくることができます。
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