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この計画地は、鎌倉材木座の落ち着きのある住宅街に位置している。
鎌倉という歴史観あふれる立地にふさわしいすまいのあり方を探すことに注力した。

住宅造りの歴史の中で、地域材料を使わなくなったのは、ここ半世紀ほどのことだろう。
我々は、可能な限り地域の材料を使うことを心掛けることで、歴史に負けないすまいを造ることを実践した。
建て主と我々は、水分を落としきっている冬季の伐り旬に、南足柄の山に主要構造材を求めて分け入った。
吟味の末、建て主自ら立木を伐採した。
半年弱の葉枯らしの後、立木はまちにおろされ、製材になった。

その東箱根南足柄産の大黒柱は、「光と風が心地よい現代民家」の背骨として、デンとすまいの中心に据えられた。
その大黒柱は、まちの中で自然を感じるための屋上庭園、田の字プランの中心に光をそそぐトップライトといった現代建築言語もしっかりと支え、新しい暮らしの屋台骨として存在している。

1階は、家族みんなが集うゆったりとしたパブリックなオープンスペースとし、2階はそれぞれの個を支える均等なプライベートスペースとして、配分した。
それは、まるで民家の縁側・囲炉裏端と寝間のように機能することを狙っている。

月あかりがトップライト越しに大黒柱をほんのり照らし、その下で薪ストーブの裸火を眺める暮らしは、太古の昔がそうであったように、一日の疲れと明日への英気を養う古くて新しい本来のすまいのありかたを再認識させてくれた。


■ 物件概要

設計  :(株)生活空間研究所 一級建築士事務所 佐山希人 鈴木香住
構造  :地上2階木造軸組工法
設計期間:2001.08〜2002.04
施工期間:2002.05〜2003.01
施工  :自分ノ家工房 渋谷春光

● デザインコンセプト

『現代民家』

● このすまいの特徴

近くの山の木を使おう、大黒柱、薪ストーブ屋上庭園船舶用照明丸太庇、木製サッシ、玄関土間、田の字プラン、造作キッチン(DIY)


▼ 玄関土間に薪ストーブ

※ 土間は京都から材料を取り寄せた本物の三和土(たたき)

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▼ 左右に南足柄から伐りだした大黒柱

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▼ 土間から田の字プランを見る

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▼ 2階は吹き抜けに平等に面した個室群

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▼ 和室から田の字プランを見る

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▼ 大黒柱に月明かりをみちびくトップライト

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▼ 現代民家にステンレスの手摺と白の左官壁がベストマッチ

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● プロセス・ドキュメント


▼ 2002年冬 南足柄の山に入る

私が山に入りだして、この年で4年目を迎えた。
1年目は、厚木の山に入った
2年目は、奥只見の山に入った
3年目は、南足柄の山に入った

山が私を呼んでいるのか、私が物好きなのか。
おそらくどちらでもあるだろう。
建て主の理解と関わる関係者の理解もあり、この伐り旬の山行きは毎年続いている。

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▼ 大黒柱を求めて歩き回る

私が建て主を連れて山に入る目的は大黒柱を探すためではない。
真の目的は、すまいづくりのプロセスにとことん参加してもらいたいからである。

半世紀以上かけて山を育てる林業家がいる。
それを伐り出す職人がいる。
それを製材する職人がいる。
そして、命を吹き込む大工がいる。

彼ら全員に逢ってもらいたいのである。
今の時代、これは最高に贅沢なすまいの造り方だ。

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▼ 建て主みずから木こりになる

素性の良い杉が見つかった。
奴はまるで我々を待っていたかのように仁王立ちしていた。

立木として最後の瞬間を建て主みずから手を下す。

静寂な山にチェーンソーが鳴り響く。
50年以上風雪に耐え抜いた奴は地響きをたてて倒れ込んだ。
しかし、最後の瞬間ではない。

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▼ この瞬間から大きく脱皮する

すまいづくりの過程で奴らを伐り倒す行為は、殺生ではない。
第二の人生を歩むための手助けだ。

東大寺の修復記録を見ると、奴らは東大寺を支えはじめて300年を過ぎる頃まで強度を増し続け、その後ゆっくりと衰退していくとある。
50〜60年大地と太陽から栄養をもらい成長し、なんと山と別れてからも成長を続け、生後350年あたりで老化が始まるということ。

我々が奴を伐り倒す行為は、母なる大地からへその緒を切り、さらなるステージへ昇華するための手助けにしか過ぎない。

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▼ 山から町へ

奴は梅雨の前まで、山に放置されていた。
葉っぱを付けたまま放置されていた。
その間、葉っぱから水分を放出していたのだ。
そして、奴の体を虫がはいつくばる前に、町へおろされた。

今までは、林業家と大地に育てられてきた奴が、これからは町の人達の愛情によって育てられてゆく。

どんな気持ちでいるのだろうか。
やはり何かを思っているだろう。
奴も生きているのだから。

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▼ 大工の手によりいたわられ

いよいよ、大工に身をゆだねることになる。

今では大工の手仕事による構造材の加工は少なくなった。
工場で温もりのない機械に身を切りきざまれるのと人肌の大工の手で第二の人生をスタートするのでは、奴も気合いの入り方が違うだろう。

大量生産、大量消費の時代は、バブルと共に終わった。
大企業のつじつま合わせの経営工作はみごとに破綻している。
成熟社会を迎える今、大量はいらない。
ゆっくりと、確実に、成熟した社会を造り上げていくことが求められる時代だ。
すまいづくりとておなじだ。

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▼ すっくと立ち上がる

奴は大黒柱としてみごとによみがえる。

一家を支えいるはず大黒柱も、実は一人ではなんにもできず、まわりの梁や柱に支えられて成立しているといった一般家庭でも同じ構図がかいま見える。

大きくそびえるように仁王立ちする大黒柱がお父さんだとすれば、それを両脇でしっかり押さえている大きな梁はお母さんだ。
やはりすまいにはお父さんとお母さんが必要なのだ。

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● [2004.02.17] 追記

今日は昨年春に竣工したお宅のメンテナンスと1年点検に行きました。
何か問題があるときは、竣工後もいろいろとコンタクトを取り、その都度お伺いすることが多いのですが、何もないとそのまんま1年が過ぎていくということも多々あります。
本来はそうあるべきなのですが、ケースバイケースでそれぞれ違うものです。

今日伺ったお宅は、その後ほとんど何もなく、ほとんど1年ぶりに再開といった具合でした。
薪ストーブも調子よいらしく、薪もたくさん用意されていて、すこぶる快適な冬を過ごされている様子でした。
このO邸は、しっかりとした南向きだったので、冬は2層分吹き抜けの窓から直接熱取得(ダイレクトゲイン)を狙い、あとは薪ストーブ一発で過ごすというかなり強引な暖房計画でした。
我が家も薪ストーブだけの暖房ですが、なんなりとぬくぬくな冬の朝を迎えられるので、心配はしていなかったのですが、「あったかいですよ!とっても。昼間は日が入るし、夜は薪ストーブを焚くと2階は暑いくらいなんですよ。木も蓄熱しているようで、スリッパなしで半袖で過ごしています。」と、お聞きしてほっとするやら、読み通りと思うやらで、とてもうれしく思いました。
調子に乗って、「夏はどうですか」とお聞きすると、吹き抜けを介して空気が下から上に抜けていき、全然暑さを感じませんね。そして、無垢の木と左官壁のせいで、湿気もほとんど感じないので、とても住みやすい家ですよ。エアコンは必要ないですね。」とのこと。
かなり全体がとてもうまく機能しているようだと感じました。


040217.jpgしかし、あらわしの柱や梁がやはり動いているようで、左官壁とそれらの無垢の木の間に隙間ができていました。
こればっかりは、湿気を吸ったり吐いたりしてくれる無垢材なので、いたしかたなしという説明をすると「やはりそうですよね」とご理解していただきました。
自然素材は人間にとってやさしく、良い機能をたくさん持っている反面、彼らにつき合う覚悟が必要です。割れが生じたり、動くことなどは多々あることですが、それにともなってバリッ!とかググッ!とかいう音も発生します。
それは木が生きている証拠と割り切って、うまく機能していることと理解できるようになるまで、時間がかかります。
しかし、季節の変わり目を何度も体感することで、彼らがうまく温度湿度を調整してくれていると実感し、動くことによる快適性を体で理解できるようになるのだと思います。

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