前回は1986年に決行された第2の修業先への転職物語だった。
今回はその続きではなく、今一番関心のあることについて書くことにする。
というのも、ここんところこの「起業家」は、しばらくリニューアル休暇となっていたので、実はこのエッセイも一年ばかり休暇していたのである。
そんなわけで編集者から「まだ書けないのか!締切はもうとっくに過ぎているぞ」と毎日催促が入っているのだが、前回の続きになかなか入り込めなくて苦しんでいたのである。
私のエッセイの第1回目を読んで頂いた方は、「風に吹かれて」のタイトル主旨を知っていると思う。
このエッセイは私の起業にいたるまでの話をベースに進めるけれど、その時そのときの状況で、風に吹かれるように話の内容があっち行ったりこっち行ったりするが、肩ひじ張らずに興味のあることについて書いていこうと決めたのである。
だから、今回は前回の話に続いていかなくても誰も文句が言えないのである。
このエッセイを書き始めたのは1995年7月だった。
その時点では、創業1年目、社員は社長一人の超零細企業だった。
企業とは名ばかりで、一人親方の気ままなやり方で仕事をしていた。
そうそうスケジュールがびっしりと詰まっているわけでもなかった。
その日やることが済んでしまえば、社員の給料の心配なんかもする必要がないので、いそいそと釣りに出かけてはボ〜っと企業の理想像やら職業哲学なんぞを考えていた。
ところが、今ではおかげさまで私の他に社員4名となり、なんと4月から新卒の新入社員まできていただくコトとなった。
部隊は総勢6名。
総勢1名の時点で、桃太郎のもとに犬君がやってきた時には、鬼退治をするには猿君とキジ君も必要だなと考えていた。
しかし、総勢6名となると「7人の侍」いや「荒野の7人」まであと一人なのである。
トップに立つ者の統率力によって、部隊の生死が決まるのである。
状況判断を誤り、「トツゲキ〜!」とやってしまったら、全員切られるか、撃ち殺されてしまうのである。
それぞれの能力を把握しながら「おまえは、見張り役」「君は、探り役」「あなたは、切り込み役」と長所を生かしつつ、部隊を前進させなければならない。
そこで、隊長にとって一番大事なのは、それぞれの適所に適材を配置することもさることながら、なんのために部隊は戦うのかというコトをしっかりと伝えるコトなのである。
「鬼を退治するために鬼が島へ向かうんだ」とか「村の人たちを盗賊から守るんだ」等をしっかりと伝えることだと思う。
けっして、「鬼が島に行くことが目的ではない」とか、「盗賊を殺すことが目的ではない」ことを全員で確認し、同じ目的のために一丸となって動くんだということを共通認識として浸透させる必要がある。
今、ある企業の博物館の企画、設計の業務を請け負っている。
その企業は、総勢1300名の部隊である。創業者が1代でもって育て上げた立派な複合部隊である。
そんな大所帯を立派に前進させている隊長にも悩みがあった。
約50年前、その隊長は子供の頃から苦労をして、学校教育も満足に受けずに宮大工に弟子入りした。
宮大工の修業時代には、伝統古来の匠の技をしっかりと習得した。
修業の時代が終わったところで田舎町から都会に出て、独立することとなる。
その地方の特徴は、雪が多いせいもあり冬期間、土木・建築の仕事は休眠状態となっていた。
失業保険をもらって遊んで暮らす人が多いのである。
しかし、幼少の頃から田舎で夏はニシン漁の手伝い、冬は下駄造りと苦労を重ねてきたこともあって、冬期間仕事をしない都会のやり方に強い疑問を感じたのである。
他の地方であれば一年中働くのが基本である。
その地域は一年の半分雪に閉ざされてしまうので半分働いて半分遊ぶというのが土木・建築業界では当たり前になっていた。
それでは、自立した地域社会が形成できないと強く感じたわけである。
また、その地方では冬場三角屋根にできるつららや落雪で何人もの人の命が奪われていた。
建築という手段で社会に貢献していくことを目標にした彼は、なんとかその地域にあった独自のスタイルを確立できないかと考えていた。それは何より人命を救うためであった。
また、開拓されてから歴史の浅いその地域では東京なみの性能しかもたない建物が多かった。
冬の厳しい期間、生活者は寒く貧しい生活を強いられていた。
彼は豊かな生活はまず冬でも快適に過ごせる居住空間の整備であると強く感じた。
そのためには、匠の技で1棟1棟手造りしていたのでは間に合わない。
匠の技を活かしつつ多くの生活者に豊かな生活を提供できないものだろうかと強く感じていた。
気が付くと数え上げるときりがない程の疑問や問題が横たわっていた。
独立起業した時点でこれらの諸問題を独自に解決していくことが目的であると使命感に燃え、次々といろいろな作戦を展開していった。
立ちふさがる敵は多かった。
行政であったり、自社の社員であったり、お客様であったりと。
独自の解決策に対し、周辺の人たちが全員反対したことも多々あった。
その地域での常識を打ち破っていく訳なので無謀だとかやりすぎだとかさんざん言われ続けた。
それでも独立起業時の目的を達成するためには超えなければならないハードルなのでひたすらにクリアーし続けていった。
しかし、その都度なぜそれをやるのかということを明確に打ち出し、反対するものを説き伏せ、作戦を決行してきた。
その労力たるもの想像を絶するくらいにハードだったらしいが、敵が多ければ多いほどその思いは強くなっていったようである。
そうして、目の前に横たわる数々の問題を解決し続けて現在に至っているのである。
独立起業してからすでに半世紀、当初の基本的な問題は解決しつつあるが、新たな問題が次々と発生しており、それらの解決にむけて総勢1300名の部隊で戦っているのである。
それらの問題とは、地球の破壊が加速的に進んでいる現状をどうくい止めていくかということ。
環境破壊という言葉は日頃、目にする機会が多くなっているので新鮮なテーマではないが、確実に進行しており真面目に取り組まなければならない大きなテーマなのである。
その企業は、創業者自身が苦労を重ねてきた人なので創業当初から工夫を重ねて資源を大切にしてきた企業だった。
限りある資源を有効に活用するということは、その企業にとって常識だった。
今では、その省エネルギー生産を全面に打ち出し、その企業の社会貢献度合いを生活者にアピールしているが、今に始まったことではなかった。
資源の有効活用、匠の技による高耐久性能の維持、地域独特の生命維持装置としての住宅形態、有害物質による室内環境汚染対策、などなど。
それらは起業時に創業者が、解決したいと使命感に燃えたテーマだった。
現在では、その必要性を全面に打ち出し取り組む姿勢を見せている企業はいるが、一朝一夕にはなかなかできない企業が多い。
しかし、その企業は、半世紀にわたりやり続けていることなので見事にバランスがとれて具体的に機能・貢献しているのである。
その創業オーナーの悩みとは、他社とは違う独自のことをかたくなにやり続けている意味を正しく理解されないということである。
お客様はもちろんのこと、社員までもが正しく理解していないということらしい。
社員が正しく理解できていなくて、お客様の理解共感を得られるはずがない、という危機感からその企業の博物館の計画が始まったのである。
その博物館の概要は、創業者の家系の歴史から始まり幼少期を経て、独立起業から現在に至るまでの創業者の精神的な部分を明快に露呈し、現在の企業の理念哲学を徹底的に啓蒙しようというものになっている。
なぜ、現在その企業はそのようなスタイルでやり続けているのかという事を訴えていくのである。
総勢1300名にもなってくるとトップの理念が、現場レベルまで浸透しなくなってくるのは自然なことである。
特別なことではない。
ただし、そんな常識を打ち破るかのように創業者の初心なり哲学を末端まで伝えたいという創業者の強い想いが博物館まで創らせているのである。
経営者であり、創業者でもある私は、その仕事を通じて考えさせられることが多い。
考えさせられるというよりは、約30年先を歩く大先輩から学ぶことが、とてつもなく多いのである。
創業時の初心を実行すべく、遠く、広く、先を見て、強烈に、かつ具体的に指揮していく。
その姿はやはり1300名を動かしていく隊長にふさわしい毅然とした姿である。
わたしはひとりの設計者としてプロジェクトに参画しているに過ぎないのだが、強烈にひとりの創業者の生きざまを見せつけられると自分も毅然としなくては、と思わざるをえないのである。
本誌は、これから起業しようとしている人のサポート誌なので、自分のことはさておき、あえて言わせてもらうが、「初心忘るべからず」である。
起業すると何かと解決していかなければならないことが多くなる。
仕事を軌道に乗せることが第一優先になるが、そのことは初心を貫くための一つのハードルでしかないということ。
軌道に乗せることが目的ではないということ。
仕事が無くても初心を貫くためにやらなければならないことがたくさんあるはずである。
初心を達成するために、今何をしなければならないのかという事を常に考えて行動することが大切である。
また、起業するキッカケとなるその「初心」はどんなことでもかまわない。
ただし、基本的に社会に貢献するという初心でなければ社会から評価されないということは肝に銘じておく必要があるだろう。
積極的に、真面目に、力強く、社会貢献するという姿勢が見えなければ、社会は評価しないということ。
上っ面の建て前だけで食っていくことができるほど世間は甘くないようである。
さて、私も今一度初心に戻って、風に吹かれながら釣り糸を垂れてみようと思う。
つづく 平成9年4月 中潮
あとがき
最近、釣り糸を垂れることがめっきり減った。
不満かというとそうでもない。
「社会貢献」、「自己実現」、「環境、収入、仕事の質」と
意気込んでいたときに、この世界の大先輩を捕まえて、
「あなたは、なんのために今の仕事をしているのですか?」
とやった。
「求められるから、それに応えたいのよ!」
ときっぱり!
そんときは、しっくりこなかったけれど、
いまは、なんとなく理解できるような気がする。
しかし、枯れる前に釣り糸を垂れて、しっかりと
期待に応えたいと感じている。
2000.05.20
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