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〜 パーフェクトハウス2001年06号掲載 〜 文:佐山希人


昨年、6年ほど連れ添ったのらくろ系ネコの「タケシ」を看取った。
今の家を新築するとき、彼のためを思い、既製品のネコドアを付けて、自由に外出できるようにしていた。
しかし、よそのネコも自由に出入りできるようになっていたため、家の中が他のネコのマーキングで臭くなってしまった。
そんなことも、気にしないくらいタケシは気のいい奴だった。
人なつっこくて、気のいいタケシは、けんかに弱く、負けてばかりいた。


それから約2年ほどして、タケシに変調が現れた。
家の中のいたるところで、おしっこをするようになったのである。
ネコは清潔好きのためにトイレ以外で排泄することはめったにないはずだった。


どうもようすがおかしい。
病院に連れて行くことにした。
診察の結果、糖尿病であることが判明。
人間と同じく、インシュリンで生命を維持することになると覚悟した。
しかし、まず体力を回復させなければということになり、点滴を打ったのだが、いっこうに回復の気配がなかった。
そこで、他に原因はないかと検査を続けた。
ついに原因は、猫エイズであることが判明した。
糖尿病だけであれば、病気とつきあいながら長生きすることはできる。
しかし、エイズのキャリアの場合、難しいようだ。
最近は、猫エイズが広がっているらしく、ネコ同志が外でけんかをするだけで移ってしまうらしい。
これからネコを飼うのであれば、完全に家の中で飼うようにしてくださいと先生に言われた。
タケシのためと取り付けた自由に出入りできる装置は、彼を帰らぬものとしてしまった。


最近では、一昔前と比べて、犬猫の飼い方、つき合い方がずいぶん変わってきているようだ。
ネコは自由に世間を渡り歩き、犬は門の前でリードにつながれて番犬に、というスタイルは遠い昔の話しになりつつある。
どちらも、家の中で家族の一員として、生活するというスタイルが一般的になりつつある。
これは、近隣への配慮のこともあり、犬猫とはいえ、飼い主の社会的責任が問われていることの現れでもあるだろう。
また、彼らの人間社会での役割も、ネズミを捕ったり、番犬としての使命を果たすのではなく、飼い主と共に生きるという役割に変わってきている。
そうなると、従前の飼い方、暮らし方では、解決できない問題も出てくるようになるだろう。
想像することは可能であるが、彼らの本心は理解不能である。


では、家の中で人間と共同生活する上で、考慮しなければならないことはどのようなことだろうか?
これらについて犬猫学の専門家ではない、すまいの設計者という視点で、考察してみたい。
あらかじめ断っておくが、あくまでもこの考察は、飼い主あるいは人間の勝手な想像である。
また、犬猫側の都合というよりも、飼い主側の都合で考察されていることも付け加えておく。
まずは、彼らの本能をできるだけ退化させることなく、暮らしていくことが必要であろう。


猫と犬は、祖先を遡ると同じ動物とされている。
自由自在に木に登り、身を隠したり、獲物を捕まえたりできた個性のものがやがて猫となる。
単独では生きてゆけず、集団で獲物を追いかけて獲物を手にしていた個性がやがて犬となる。
これらの本能は、猫と犬の決定的な違いといって良いだろう。


例えば、猫の場合、狩りに備えて「爪を研ぐ」という習性がある。
新築の家の柱で爪を研がれることほど、飼い主にとってつらいことはないだろう。
しかし、猫の爪研ぎグッツなるものがあるが、それを与えて従うほど猫は従順ではない。
猫と暮らす以上、爪は自由に研がせてあげたい。
ちなみに、我が家は見渡す限り「木」でできており、猫にとっては爪研ぎ天国なのだが、タケシの様子を見ていると面白いことがわかった。
「木」は木でも、皮のついていた部分を好んで爪を研ぐのである。
それはそうだろう自然の中には、カンナのかかった木は生えていないのである。
皮のついているような部分で爪を研ぐのは、本能なのだろう。
家の中に一本、皮付きの柱を立ててやると猫は喜ぶのではないだろうか。


また、猫は自分の体をなめて見繕いする習性があるため、胃に毛玉がたまる。
それを吐き出すために、草を食べる。
そのために家の中には猫が好む草を用意しておきたい。
戸建てであれば庭に出せばよいが、それでは勝手に猫集会に出かけてしまう。
地面と切り離された屋上庭があると、そんな心配も必要なく、日向ぼっこをさせたり、草を食べさせたりすることができるので重宝する。


犬の場合は、やはり走ることを考えてやりたい。
集団で獲物を追いつめて生き抜いてきた犬にとって、走ることは生きることでもあるだろう。
犬は猫と違い、散歩させることが一般的だが、散歩程度では犬にとっては運動にならないという。
犬種によっても異なるが、人間が自転車に乗ってヒーヒーいうくらいが、犬にとっていい具合らしい。
一戸建ての場合、ドックランができるスペースを考えるのもひとつの方法である。
隣家に迷惑をかけずに、家のまわりをぐるぐると走り回れるように工夫するとか、屋上をつくって走り回れるようにするとか、工夫次第で環境は整えることはできる。


また、犬種によっては、抜け毛が多い種類もある。
抜け毛が気になる場合は、家の中に犬が入って良いエリアと禁止のエリアをつくると良い。
犬はもともと、ご主人の指示に忠実なので、エリア分けするだけでそれに従うだろう。
しかし、同一平面上では、犬は入らなくても、抜け毛はそよ風程度でも勝手に移動してしまう。
我が家の場合は、40cm程の小上がりをつくり、そこを犬立入禁止のエリアとしている。
犬好きの客人ばかりがやってくるとは限らないので、そうではない客人はそのエリアに通されるとホッとしているようだ。
もちろんそのエリアには、抜け毛は落ちていない。


0710_3.gif他に、犬猫共通の視点として、排泄の問題がある。
これは、彼らの問題というよりは、飼い主の利便性や近隣への配慮という範疇になる。
彼らは決められた場所に排泄する能力は持ち合わせている。
その決められた場所での排泄物の処理方法をしっかり検討し、解決しておく必要がある。
散歩に出なければ、排泄しないという犬の話しを耳にすることがある。
そうなると特に大型犬の場合、老いたときに排泄に困るようになる。
散歩に出なくても、家の中で排泄することを覚えておく必要があるのだ。
理想的には、排泄物をしっかり流すことができる汚水処理設備(簡単にいうと専用トイレ)をつくっておきたい。
散歩から帰ってきたときに固形物を流すためであったり、彼らが家の中で排泄したものを流すためであったり、専用のものがあると重宝する。
また、犬の場合おしっこをした場所を簡単に水で流せて、臭いも発生しないような工夫も考慮したい。
まだまだ、課題はあるだろうが、彼らと暮らすための視点の捉え方として、例を挙げてみた。


この「犬猫にとって暮らしやすい家とは?」というテーマを考える時に、以前読んだ本のある部分を思い出した。
建築家である磯崎新と建築計画学の大家である吉武泰水の対談である。
以下は、その引用である。


磯崎〜
動物園の檻の設計もいいテーマではないかと思います。
いまのところは、檻というのはひどい住まいの代名詞のようになっていて、動物を外から人間が眺めるか、動物の中に人間が入って見るかという、動物と人間の対応の仕方は二つしかない。
けれどもほんとうは、動物が動物らしくなる表現というのは、現在と全く違うかたちの檻として表されるのではないか。
それをひとつひとつ発見していってデザインしたら・・・・。

吉武〜
ライフワークに値する。(笑)
精神病院っていうのは、建物自身が治癒作用を持っていますね。
要するにそこの中で生活することによって治っていくことが、かなりあり得ると思う。
〜中略〜
本当にそういう檻をつくったら、かえってつくった人間に対して治癒作用があるんじゃないかな。
おかしくなっている人間が、いくらかでもまともになる作用を、動物に教わるというようなことが・・・・。

磯崎〜
人間というのは、住まい方に若干のフレキシビリティがあるものですから、規格型なんかで押し込められてもいいわけですけれども、精神病院の患者なんかそういう意味では、かえってそういう規格の中には入れられない。


0710_5.gifこの文章から、犬猫にとって暮らしやすい家を構築するのは勿論のことながら、それ以上に必要なことを教えられた。
それは、共同生活者である人間のストレスを発生させないように家をつくることがもっとも大切であるということだ。
化学物質過敏症、エネルギー問題、ローン地獄、などなど、複合的にストレスの発生源は多岐にわたるが、少なくとも、生物である人間のすみかとして健やかに成立しない以上、犬猫にとってもすみかになり得ないであろうからだ。


極端にいえば、犬猫にとって暮らしやすい家はテクニックでつくることができるであろうが、人間にとってストレス無く、居心地のいい家を手に入れるのは、今の時代かなりむずかしい。
人間の居心地の良さやストレスの発生源は、人それぞれであり、千差万別だからである。
従って、「犬猫にとって暮らしやすい家とは、千差万別である」ということが言える。


ちなみに、我が家は犬猫との暮らしを前提として設計していない。
少なくとも、私たち家族が人間らしく生きてゆけるようなスミカとして設計した。
その結果たまたま、犬猫にとっても、暮らしやすいスミカになったということである。
今は、バーニーズマウンテンドックの春呼との共同生活であるが、彼女からいろいろなことを教えられる。
言葉を介さない動物とのコミュニケーションは、人間の本能を目覚めさせてくれるようだ。

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