060421_header.jpg

約250万年前から1万年前くらいを旧石器時代という。当時は氷河期。そのころの人類はマンモスを追い、果実や種子を獲って暮らしていた。移動しながら生きていくために家は持たなかった。洞穴を見つけては雨露寒さをしのぐ。マンモスをしとめてはそのあばら骨の中で皮膚と脂肪に囲まれてしのぐ。小枝を集めて屋根らしきものを造り動物の皮をのせてしのぐ。食料を求めて移動するのが日々なので固定の家は持たなかった。しかし、当時から火を扱う技術は持っていたらしい。それが他の動物と決定的に違う特徴だといわれている。


060421-01.jpg

やがて氷河期が終わり、氷が溶け出して緑豊かな地球に変貌する。旧石器時代は動物を仕留めるため、あるいは皮を切り裂くための石器は持ち合わせていたが、木を切りたおすことまではできなかった。硬い石で柔らかい石を研ぎ、それを使い木を切ることを発見する。その発見は時代を変えてしまうほど大きな進歩だった。木をくりぬいてお椀を造り、船を造る。生活文化が大きく変化する。それよりも何よりも木を切りたおすことを手に入れると開墾可能になり、緑豊かな地球で農業がはじまった。そのことは食料を手に入れるための土地面積が大きく違うことを意味した。狩り主体では一家族が生きてゆくために約300km四方(1000ha)必要で、農業を営むと約300m四方(10ha)で十分。すると、マンモスを追う生活から定住に変わり、固定された雨露寒さをしのぐものが出現。安定した食糧確保が可能になったため人口が爆発的に増えたのだ。数百万年続いてきた旧石器時代から大きく時代が変わる。新石器時代の始まりである。(つづく)
▲『人類と建築の歴史』(藤森照信著)より


060421-02.jpg

都市部の住環境では自然を感じる機会がほとんどない。だから自然にまみれることなく、人工の中で楽々と暮らすことができる。あえて、そんなめんどくさい自然を感じたいと思うこともなく快適をむさぼることができる。その生活に疑問を感じないのならばそれいいだろう。それが現代であり最新の文明だ。しかし、この先この現代はどこへ向かうのだろう。我々が生きている間に大きく変化していくのだろうか。ハウスメーカーが最新快適住宅を企業として成立するまでに普及してしまったのはわずか40〜50年。全国に普及させたその快適住宅を地域の工務店が追従し、まがい物も含めて日本全国同じ風景になってしまった。ホントにそれで良いのか、機能を満たすことと建て主からクレームがないことを追求したその結果が人間を自然から遠ざけ、風土を、そして地域コミュニティを切り刻んでしまった。


060421-03.jpg

計画地は東京都下の丘陵地。もう一度原点に立ち返ってみることが必要だと感じた。まず、自分の陣地はできるだけ大きく囲い風をしのぐ。最低限必要な部分に屋根をかけ雨露をしのぐ。旧石器時代からの技術、裸火をつかう。まずはたったそれだけから始めてみたいと思った。建て主の家族が自分の山を持っているらしい。であるならばそこの杉をつかいたいと思う。が、タイミングが悪い。冬まで待つか。すまいを造るだけなら急ぐ必要は無い。杉の伐り旬まで待てばよい。しかし、現代人はいろいろな人工的事情も抱えている。現代は社会システムが複雑に入り乱れ正常なことが正常にできない事情にあふれているのが実情だ。建築面積24坪は無事に離陸出来るだろうか。


人類と建築の歴史
人類と建築の歴史藤森 照信

おすすめ平均
stars途方もない建築史
stars大きな視点からの建築史=人類史
stars平易にして「建築への視点」が染み入る書です。

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

▼ コメントする

▼ サイト内検索                複数キーワードは半角スペースを挿入