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本日、47歳になりました。
これといって家庭内で何もイベントもなく粛々と仕事をして一日が終わりました。それでも気づいてくれておめでとう!とか言ってくれる貴重な方はおりました。この歳になるとおめでたいとかお祝いだとかいうことよりも「ああ。私のことを覚えてくれたんだなあ。ありがたい。」と真摯に思えてしまいます。カードを贈ってくれたRさんありがとうございます。

47歳というと、48歳の一つ手前であり来年は年男ということになります。今年は子年。私は丑年。牛というとのんびり草をはんでゆったりとしているように思われがちですが、闘牛のように闘志満々の牛もいます。それは持って生まれたキャラクターに依存するということなのでしょう。私はどちらかというと、のんびり草をはんでいるも時として闘牛に変貌してしまう訳のわからないやつと覚えていただくのが良いかと思います。いずれにしてもおしは強いです。(笑

もうひとつ。47歳のはなし。いかんせん。中途半端な年齢かとも思っています。社会人として青っぱながとれた年齢ではあるけれど、ベテランとまではいかない。建築設計の小さな社会でいうと、50歳過ぎるまでは門前の小僧と言われます。50歳過ぎてからが設計に油がのりはじめると。ある施主にそれを言うとじゃあ50歳前の人には設計を頼まない方が良いということ?と茶目っ気たっぷりにいわれました。それは言い得て妙。そうとも言うしそうとも限らない。50歳まで設計をざっくり30年間やってきていれば、否応なく失敗をたくさん身につけている。それがあってさらに良い設計になるのはもちろんのこと。しかし、失敗を多く身につけていないからこそできる人類に光をともすような切り開くデザインができるのも事実。肝心なのは老練な経験が守りに入らず、常に明るい未来のためにどう空間を造っていくかということを真摯に考えているかということなのだろうと思います。先日ブルーノート東京でエネルギーをたっぷりくれた89歳のハンクジョーンズのように生きてゆきたいと思う誕生日なのでした。


●2008.01.11(金)

横浜で計画しているすまいのプロジェクト。構造設計者に現場を見てもらう。午前中、現場確認のあと葉山で方針の打ち合わせ。一般の人にはわかりにくいが、建築設計者もお医者さんのように外科内科耳鼻咽喉科麻酔科などなどなど...のように得意分野のジャンルに別れている。大きく分けて建築設計の場合は、意匠・構造・設備の3分野。意匠は全体をプロデュース&デザイン。構造は全体デザインを含めて構造技術全般。設備はエネルギー関連を軸にデザイン。実はこの3本柱はある程度の規模構造にならないとコラボレーションしない。それは費用的に建て主に負担がかかるからだ。工務店の設計施工でいくとできるだけコラボしない方が経費がかからないので実現しない。(あったとしてもプロデューサーの工務店の言いなり=姉歯事件はこの関係から発生している)しかし、設計費用は目に見えて増えるように感じるが建て主にとって専門分野の視点がそれぞれの分野から入ると費用対効果的には十二分に発揮する。意匠を担当する私は100年持つ構造体に20年程度でお金がかからず更新(リフォーム)できることを提案したいというのが今回のプロジェクト。それに対して構造家はじゃあこういう建築構造はどうでしょうと提案してくる。建設的なプロ同士のブレストは思わぬ未来を切り開くことにも貢献する。私はできるだけ多くの多ジャンルのプロと意見交換し、建て主とさらにこれからいきてゆく子供達に有益な建築を残してゆきたいと思っている。昼飯抜きでブレスト終了後、葉山の海っぺりでカレー。久しぶりのカメさんのサグチキンはうまかった。佐山特別大辛ではなかったのがちと残念。その足で品川へ。現場チェック。


●2008.01.12(土)

氷雨。座間。現場は寒かった。14:00開始。ふと気がつくともう現場はくらい。時間はとうに3時間過ぎていた。充実した時間。前回の打ち合わせ後、一緒に自分のうちを造っているという実感がありますとお褒めの言葉をいただいた。実はすまいづくりがうまくいくのもうまくいかないのも関係各者の気持ちひとつなのだ。だれかひとりが気を抜くとがたがたくずれてしまう。くずれてしまった後は収拾がつかなくなる。47歳になるまで伊達に場数は踏んでいない。守りに入る年齢ではないが、関係者が常に緊張感と建設的にプロジェクトに参加していかないとうまくいかなくなるものなのだという経験は身についた。関係者それぞれがそうとうの努力と誠意をもってプロジェクトに参加しないとうまくいかない。建て主もきっちりプロジェクト進行に努力してくれてはじめてみなの気持ちが一緒になるのである。すまいづくりは奥が深い。だからライフワークになりえるのだ。


●2008.01.13(日)

一昨年末新月伐採を行った大黒柱がやっとたちあがる。製材所から気になっていることがあるので見に来て欲しいと連絡がある。関係各者、南足柄に集結。13:00集合予定。私は事前に見ておきたかったので12:15頃製材所着。すると工務店社長と棟梁がすでに到着していた。3人であれやこれや大黒柱を見ていると製材所社長も姿を見せる。12:40。みな気合いが入っている。気持ちが入るということはこういうことなのだ。時間通りに建て主が登場し議題は無事に終了。予定通りのチェックを済ませ帰路につく。しかし、世の中3連休のためか、夕闇の中葉山に到着。翌日の打ち合わせに備える時間が無くなる。


●2008.01.14(月)

私。あるいは当社の。設計者としての意義が見いだせないと判断するお客様から設計料をいただくことは私的には納得できない。なので10%かかってしまうんでしょ?という気配が感じられた場合には私の方から設計料は要求しない。武士は喰わねど高楊枝。的なへんなプライドがあるんでしょうね。わたくし。葉山で隣地との塀の件で打ち合わせのあと。横浜のすまいの設計契約。昨年6月建築基準法大改正があり、昨年秋設計料も改定しており木造2階建て最低でも総工費の12%。構造設計が必要なすまいは15%とさせていただきました。それでも建て主には設計料は余計な負担と思われないようにきっちり仕事をしたいとおもっている。設計事務所に設計を頼むと工務店に頼むより余計に設計料がかかってしまうんでしょ?と思われるのをなんとか回避したいからだ。一昨年。建築条件付きのすまいの設計で建築条件を付けてきた工務店に見積もりを依頼し出てきた見積もりがまるで納得できなかったので注文を付けた。すると、建て売りを専門としているその業者は建築条件をはずしてきた。それは、設計事務所がついているそのプロジェクトを完成させるよりも手間のかからない建て売り数件をやったほうが会社としての利益が上がると踏んだようなのだ。言い換えるとプロ相手よりも素人相手の商売の方が儲かると言うこと。このあたりの身のこなしはさすが利益主義に徹していたようだ。結果、設計事務所の設計を得意としている工務店に見積もり依頼すると2000万近く安い金額で見積もりが出てきたのだ。その差額でかる〜〜く設計料が捻出でき、建て主が希望しているすまいが完成できることになったのである。設計事務所が入ることで単純に設計料も含む総工事費が上がるのではなく、プロである設計事務所を建て主の用心棒として招き入れることで、総体の工事費を抑えられるということが現実だということ。それと、本当に何が欲しくてすまいを造るのかということは建設会社は聞いてくれない。造ってなんぼ。造ることで利益を上げるのが建設会社。ハウスメーカーもしかり。設計事務所。少なくとも私のところのような零細零細設計事務所は建て主からいただいた設計料の数倍の利益を建て主に還元しないとすぐにつぶれてしまう。家族関係の心のひだまで感じとりデザインに反映していかないと建て主に満足していただけない。佐山&香住にすまいを任せたいという建て主からお金をいただく以上それらを徹底的にやっていくのである。本日横浜のすまい無事に設計契約終了。完成は2009年3月。私が死ぬまでせいぜい150件くらいの格闘。節目のNo.50。のすまいとなる。

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