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いや〜な気配満載の今日この頃。母親が自分の手で息子を。よっぽどきつかったんだろうと思うが、やはり感覚が微妙に嫌な方にシフトしているのだろうか。いやな感じ。少なくとも私が5歳の頃はそんなことがあっただろうか。40年以上前。なかったと信じたい。何が妄想で何が現実なのか。飽食安全憤り。どうも壁にぶち当たってその壁を突破する知恵と度量の教育が不足しているのではないだろうか。今。。少し前。北海道で育った私の高校時代は競争はあったけど、イベントも充実していた。入学式、運動会、林間学校、修学旅行。すべて良いことも悪いことも今の肥やしになっている。「下地」はそこで養われたと思う。他人を思いやる心、親を思う心、社会に対して貢献することの意義。新聞配達を小学4年生から中学3年生までやった。一番記憶に残っているのは、朝5:00頃、いつものおじいさんのいる家にちかづくと台所で「とんとんとん」。一人暮しらしい。新聞受けに朝刊を入れると「ありがと」とおじいさんの声。顔は見たこと無かったけれどとてもすがすがしい気持ちになれた。そのあと50軒くらい配り、同級生の女の子の家に行く。いつもその子のお母さんは洗濯物を干していた。そして新聞を手渡す。「ご苦労様〜」同級生の女の子の洗濯物は見ないようにして朝日の中を勢いよく帰って行った。当時の新聞配達少年は、暗い明け方から陽が昇りきるまで多くの人たちと「いつもの」普通な会話ができていた。「ありがとう」「ご苦労様」そんな普通の会話が今できていないのではないか。

同じ町に住む人ならば目を見て、「おはようございます」「こんにちわ」「こんばんわ」。最低限のことをやらねばと思う。当たり前のことができなくなった今だからこそ、いや〜なことが起きているんだろうと思えて仕方がない。これは都市部に限ったことでなく、地方でも同じ状況になってきているのが現在だと思う。福岡のお母さんが自分の息子に手をかけた事件は「大変だったら一言、言ってくれればみんなで何とかできたかもしれないのに」という近所の人のコメントが象徴している。自分で解決できないことは、恥ずかしがらずに堂々と近所に助けを求めてみてもいいのではかなろうか。それを受け止めてくれる地域社会でないとこれからはやっていけないのだ。すべてを知っている近所づきあいは面倒くさい反面、お互いに眼を行き届かせる地域のチカラになるとも思う。

なんか、そんなことを感じてしまういろんな出来事が多すぎる。自みん党はチビ太が総裁になったがきちんとその辺をやってくれるのだろうか。どうも彼を見るとおそ松くんにでてくるチビ太とかさなってしまう。きちんと乱世をまとめてくれるのなら彼を応援したいが、やっぱり七光りだったかでは嫌な事件が多発してしまうだろう。とにかく国が我々を守ってくれることは期待しないで自分たちでまずは生きる地域をしっかり造っていくしかないと思う。今日、葉山マリーナでエギングしているときれいな虹が出た。虹は出てもアオリイカはとんと出てこない。子供の頃には遊んでいて虹をよく見たが、大人になって虹を見る機会がぐんとへったような。周りを見ていないということなのかもしれないな。



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