■ 26. 横須賀市下町の状況 / 浜田 清 （横須賀市米ヶ浜）

　突然体が下から「ドスン。」と突き上げられると同時に前後に大きく揺り動かされた。とっさに腰を下ろしたが、立ち上がれない。父は幼い甥二人を左右に抱きかかえたまま、前後に揺さぶられている。私のすぐ右には石倉造りの約20センチ角の中心柱が、私と一緒に大きく前後に揺れている。

　眼の前は約一間半幅のコンクリートの土間になっていて、前々から大人2人位入れる程の空の金庫様のものが置いてあった。それが「ガタンガタン。」と前後に揺れていた。しかし幸い、その厚さ20センチ程の一扉が左右に開いて前に倒れる心配はなかった。
　
　やっと大揺れが収まったので、皆急いで表へと眺び出したが、道路はあちこちでひび割れがしている。幸い、家の右側が空き地になっていたので、そこに戸板を敷き、やれやれと腰を下ろした。近所の人達も夫々戸板を道路上に敷いて一息ついている。


　その時、父は私に「家の中の火を消して来い。」と言う。私は急いで家の中に入ろうとすると、「グラグラ」と来たので、夢中で跳び出した。また入ろうとするがまた余震が来る。家の中へはなかなか入れない。やっと隙を見て中に入り、火鉢の火を消し、表へ逃れることが出来た。

　少し落ち着いたのであたりに眼をやると、小学校裏門の向こう側にあった弓道場の広場が崖崩れで、土砂に埋まり、その土砂は更に道路を横切って学校のコンクリート塀まで押し迫っていた。そして、その辺り一面に上煙が立ち込めていた。

　小学校の校舎は一部裏門の後ろあたりが崩壊寸前の状態だった。

　私達はしばらく戸板の上で、じっとしていた。地面の深い底の方からは、「ゴーッ、ガラガラ。」といつ地響きが聞こえて来る。今にも我々の座っている所が地底に引きずり込まれるのではないかと、とても不気味な思いをさせられた。

　やっと落ち着きが出来たので、自転車で町内を一周して様子を見てきた。

　中通りの兄の家の前の地面にはひび割れが見られ、家の前の大きなガラス戸は大きく割れて、今にも落ちそうな状態だった。中には入らなかったが、瓦屋根の崩れている所もあり、かなりの被害が感じられた。

　中通りから表通リヘと一周したが2軒程の木造家屋が丸ごと潰されているのが見えた。これは大分古い家屋のようだった。

　あとはいろいろと被害は受けてはいたはあろうが、他には潰れた家は見当たらなかった。

　やがて市内のあちこちから火の手があがった。何しろ同時多発の火事とあっては消防も手の施しようもなかったであろう。

　何日後かは覚えてはいないが、火事が終わってから、大滝町さいか屋の反対側にあった親戚を訪ねていった。

　米ヶ浜、若松町、大滝町の繁華街は丸焼けで、焼け跡は水浸しになっていた。

　親戚の焼け跡には誰も見えず、近くの山の竹薮の中に避難していた。

　しかし、長男の姿が見えない。恐らく家の下敷きとなり、すぐに起こった火事のため犠牲となったのではないかと、義兄と二人で捜しにいった所、焼け跡から焼け残ったおしりの肉の一部が見つかった 。誠に悲惨な出来事だった。早速壺に入れて持ち帰り、家の仏壇にお供えした。

　また、私のごく小さい頃の養親の家を上町に訪ねたが、家は既に焼け落ち、養父は腰を潰され、東京湾要塞司令部（今の国立病院）の広場に運ばれたとの事だったので、行ってみると、露天の広場の草の上に寝かされていた。周りには足の踏み場もない程の大勢の怪我人やら病人が横になっている。医者も薬も器具もなく、ただ夫々の家の者が見守るだけで、どうする事も出来ない状態だった。

　残念ながら養父もその後ついに亡くなった。市内にはいろいろと悲惨な出来事が数え切れない程あったと問いている。

　地震につき物の火災は繁華街ほど被害は大きく、皆さんがご存じの東京本所の被服廠跡では約2000人の人達が折り重なって焼け死んだとの事、横浜市内の川では熱さのため両岸から跳び込んだ人の死骸が至る所で見られたといつ話など、誠に天災は恐ろしいものだとつくづく思い知らされたものである。

平成4年10月20日



出典：関東大震災の思い出（平成8年9月1日発行）
編集：永嶋照之助・鈴木麻知子
発起人：永嶋照之助
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